向精神薬、抗うつ薬などの精神神経薬は、日本、アメリカ、ヨーロッパで合わせて年間3兆円以上の巨大市場です※。精神科や心療内科で処方される向精神薬「ベンゾジアゼピン(略称:ベンゾ、BZD)」もその一つ。多くの人が服用する一方で、パニック発作や記憶障害などの「副作用」や、長期的な服用で止められなくなる「依存症」の問題も取りざたされています。
薬が患者の手に渡るまでは、どのような構造になっているのか。どうすれば”被害”をなくすことができるのか。世界的に精神神経薬の問題に取り組む団体「市民の人権擁護の会」日本支部の小倉謙支部長に、この問題について伺いました。
(文・牧野 佐千子)
(※数値は、
日本経済新聞「TPCマーケティングリサーチ、世界の精神神経薬市場について調査結果を発表」を参考)
―ベンゾ系の向精神薬について、enjinのサイトで集団訴訟のプロジェクトが立ち上がっています。このプロジェクトでは、現在のところ「医師が安易にベンゾを処方するのは、製薬会社が精神科や心療内科に十分な副作用情報の提供を行っていないことが原因」という理論で、製薬会社に責任を求める内容となっています。
一般に、向精神薬が開発、処方されて患者の手に渡るまでの構造はどのようになっているのでしょうか?
現在、精神科や心療内科では「サインバルタ」という薬が処方されることが多くなっています。副作用の情報は添付文書に書いてあるのですが、医師は読んでいないですね。「お薬手帳に書いてあるから説明する必要ないでしょ」とある医師は言っていましたが、お薬手帳は「使用上の注意」の部分までは書いていない。重要な情報が抜け落ちているんです。
(参考:
「サインバルタ」添付文書)
医師が副作用を認識しないまま処方箋を書いて、患者は薬局に持っていき、薬剤師は薬を出す。そういった構造、精神神経薬の開発から、治験の実施、評価・認可、患者の診断、薬の処方、すべて精神科医たちが集まる学会(精神医学会、神経医学会、うつ病学会)が主導で行っていることです。
製薬会社や厚労省は「本丸」ではなく、お城までにもなっていない、「お濠」や「やぐら」みたいなものですね。
ー向精神薬の化学的な構造は麻薬と同じという話を聞きました。
はい。化学的な構造に多少の違いこそあれ「作用・影響」は同じです。気分が落ち込んでいたらハイになる薬、高揚していたら反対に鎮静・抑制する薬ということ。
向精神薬というと「精神疾患」の患者に処方されるもので、自分とは関係ないと思っている人も多いですが、例えば整形外科の鎮痛剤なども同じ成分です。「腰が痛い」という高齢者にも出されています。子どもの「発達障害」も同様で、アメリカでは0歳の赤ちゃんに抗うつ薬が処方されることも多いです。睡眠薬やマラリア予防薬などもぜんぶ同じですね。
ーその中で、今回のプロジェクトからの訴訟は、どのような意味合いがありますか?
ベンゾ系は副作用が強くアメリカで禁止されたので、売れなくなったものが日本に来た。精神神経系の治療は、だいたいアメリカで主流になっている方法が、4,5年後に日本に来るというサイクルになっています。
今アメリカでは、脳に電気ショックを与える方法が主流になりつつある。麻酔をかけて、脳に直接400ボルトほどの電気ショックをかける。過去に電気ショックを与えてそのショックで舌を噛んで死んでしまった例もたくさんあるのに、ほとぼりが冷めたらまた繰り返すのです。それも何年後かには日本に来るでしょうね。
ーそういった流れの中で「ベンゾ系の向精神薬の副作用問題」というのは氷山の一角ということですね。
「本丸」は医師です。構造を変える意味のある訴訟にするためには、被告を医師にして、これまで処方箋を書いた医師が書いた分の被害を案分すべきだと思います。しかし、現状では処方箋を書いたことの責任を取るための法律がないため、難しいでしょう。
製薬会社の責任を問う裁判はこれまでもあり、賠償を取ることは可能でしょう。しかし、ある製薬会社の営業利益は35%あり、その中に訴訟関連費用も含まれています。全部織り込み済みです。問題の源である医師の責任を認めないと結局はいたちごっこですね。
ただ、患者が賠償を得られるということについては、意味はあると思います。
ーまずは法整備のほうが先ということでしょうか。
はい。そのためには一般の人たちが問題に思ってくれることが大事ですね。私は各地で講演活動をしていますが、聞きに来てくれる人の反応が最近変わってきたなと感じます。以前は「そんなことあるか」と半信半疑の人も多かったですが、このところ「目が覚めた」「何とか現状を変えなくては」という反応が多く聞かれるようになりました。
(小倉氏の講演情報は
こちら(Ameba blog))
ー先ほどアメリカでの動きが遅れて日本に来るというお話がありましたが、世界で市民の動きが成功しているところはありますか?
イタリアは「問題行動もその人の個性」とするおおらかな人たちが多いからか、公立の精神病院が廃止されました。ドイツでは、精神医学会の総会の場で会長が謝罪しました。ヨーロッパには大きな変革の波が来ています。
ー小倉さんは、もともとなぜこの問題に取り組もうと思われたのですか?
若いころ世界を旅していて、特に南米ではコカインやマリファナがものすごく浸透しているのを目の当たりにしました。薬物を子どもたちが製造しているのを実際に見て、問題意識を持ちました。
さらに、1994年に祖父が亡くなった時に、「薬物を止めてくれ」と言い残していきました。実は戦争中、祖父は旧満州でアヘンを作っていたというのです。自分たちが薬の製造に携わらなければ、戦争はもっと早く終わっていた、犠牲にならずに済んだ人もいた、と、罪悪感にさいなまれていたのでしょう。
戦争と薬物は常につながっています。戦争をするのに多額の資金が必要ですからね。薬物を売ってねん出するのです。
はじめは一人で活動していたのですが、会の活動を紹介してもらい、こうして今は日本支部長として活動するようになりました。活動を続けて16年になります。この大きな流れを止めることは不可能のようにも見えるかもしれませんが、不可能を可能にしてきたのが人間です。私はこれからも活動し続けます。
ー貴重なお時間をありがとうございました。
enjin 関連プロジェクト
ベンゾジアゼピンに関する製薬会社への損害賠償を求める集団訴訟