この記事は以下の人に向けて書いています。
- 教員として残業代が出ない理由をきちんと知りたい人
- 残業代が出ない現状をどうにかしたい教員の人
- 教員志望だが、残業代が出ないと聞いてためらっている人
はじめに
学校、特に公立校教員の残業代について、近年で議論が巻き起こるようになってきました。
「聖職」と言われるほどプライベートを犠牲にし、児童・生徒・学生や保護者に対して長時間尽くさなければならない労働環境である割に、長年、この状態が改善されていません。勤務時間は過労死ラインとされている月100時を超えるケースも少なくないと言われています。
なぜ、教員の労働環境はこのようなままなのでしょうか?
この記事では、学校のブラック環境を生み出す原因となっている制度と、それに対する近年の教育業界の改善の動きについて紹介していきます。
1.なぜ残業代が出ない?原因となる「教職員給与特別措置法」とは
教員のブラック化の大きな原因となっているのが、
「教職員給与特別措置法」(給特法)と呼ばれる法律です。
これは教員の残業代に対し、業務の量や残業時間と関係なく、一定の上限を定めるもの。これが原因となり、
「定額働かせ放題」とも揶揄される長時間残業が教育現場に生み出される現状があります。
まずはこの法律の内容と問題についてみていきましょう。
①どれだけ働いても残業代はわずか「4%」
教員の残業代は、先ほどの給特法により、
「教職調整額」と呼ばれる手当として支払われます。
その額は、
教員の月額給与のわずか4%。加えて給特法は、労働基準法が定める休日出勤や時間外労働の賃金を、
教員に関しては支払わないと定めています。
この規定は1971年に制定され、翌72年から施行されました。約50年前に決められたものであり、根拠となった調査は1966年の「教職員の勤務状況調査」によるものです。
この規定が決まる前の1966~71年にかけても、日本全国で教員の超過勤務手当の支給を求めるストライキや訴訟が相次いでいたという背景があります。つまり、教員の長時間労働は現在に始まった問題ではなく、その当時は「4%」という上乗せで、一応の決着がついていたということになります。
しかし、21世紀になり世の中の労働環境そのものも見直されるようになり、労働基準法も改正され、ワーク・ライフ・バランスの均衡が叫ばれるようになりました。このような中で、特に公立校の教員が制度から取り残されていることになっているのです。
②残業は「自発的に」やっている扱いに
では、教師の残業は、法的にはどのような扱いとなっているのでしょうか。
そもそも、教員は項目の仕事を除き、
原則として残業や休日出勤をさせてはいけないことになっています。
- 生徒の実習
- 学校行事
- 職員会議
- 非常災害
- 児童生徒の指導に関し、緊急の措置を必要とする場合など
|
しかし、多くの教員は勤務時間外も業務を抱えており、サービス残業や持ち帰りでの仕事を強いられているのが現状です。
これらの業務はすべて、
「各教員が自発的に残業しているだけ」という扱いになってしまっているのです。たとえその結果教員が過労死をした場合にも教員の労働環境を守る法律がなく、
「自己責任」ととらえられがちな状況となってしまっています。
- 事例
2014年に福井県で長時間残業が原因として公立中学校の教員が自殺した事件では、教員の家族が県などを相手取り、安全配慮義務違反として損害賠償請求を求める訴訟を起こしました。教員が死亡する前の残業時間は月169時間に達していました。
これに対し、地方公務員の公務上の災害に対して補償を行う「地方公務員災害補償基金」(総務省管轄)は、自殺の原因を長時間労働と認め、公務災害として認定。
しかし損害賠償請求について被告の県は請求の棄却を求めており、当時の校長は「持ち帰り残業は命令しておらず、自主的なものだった」と証言するなど、残業を認めていません。
2.常態化するサービス残業…教員の残業代をとりまく実態
このような制度のなか、教員の勤務状況はどのようになっているのでしょうか。
日本労働組合総連合会(連合)が2018年10月に発表した調査結果をもとに、その実態を紹介していきましょう。
①半数以上の教師が「過労死水準」
教員の仕事は、授業以外にも多岐にわたります。保護者への連絡、授業や試験の準備……場合によっては部活動の指導で夜間の残業や休日出勤を強いられる場合もあり、
持ち帰り残業を避けられない状況にあると言えます。
日本労働組合総連合会(連合)が、公立学校につとめる20代以上の教師を対象に行った調査によると、学校内での勤務時間は、教員全体で
平均52.5時間。
さらに、これに休日出勤や持ち帰りでの仕事を含めると、
50%以上の人が週60時間以上働いている実態が明らかとなっています。
労働基準法が定める勤務時間の上限は週40時間ですので、教員の半数以上が週20時間、月間80時間以上の残業を行っている計算になります。
この残業時間は、厚生労働省が
「過労死ライン」と定める数字に匹敵します。
2~6ヶ月以上の平均残業時間が80時間を超えた場合、病気などのリスクが高まるとしたもので、これを超えて勤務中に病気で死亡した場合、
過労死として認定されるリスクが高まります。
多くの教員が、病気や死亡のリスクを抱えながら働いている現状があるのです。
②学校内での残業が多いのは20代。しかし…
年代別でみると、学校内での残業が最も多いのは
20代。平均勤務時間は
56.4時間となり、残業時間になおすと
週16.4時間、
月間65.6時間となります。
しかし、持ち帰りや休日出勤を含めてもっとも残業時間が多くなるのは30代。週60時間以上の残業をしている割合は
64.3%となり、20代の59.2%を上回ります。
そのほか20代から30代の教員の9割以上が
「時間内に仕事が処理しきれない」と回答していたり、自身の状態について
「ひどく疲れた」とした教員が9割を超える(ときどきあった39.1%、しばしばあった27.4%、ほとんどいつもあった24.6%)といったアンケート結果も報じられています。
文部科学省が、給特法の参考のため1966年に行った教員勤務状況調査では、1週間当たりの超過勤務時間の平均が小学校で1時間20分、中学校で2時間30分と、平均でも2時間を超えませんでした。
その結果に基づいて、教員の残業代にあたる調整額が4%と定められたのですが、現在の調査結果を見る限り、教員の勤務実態は大きく変化しているといえるでしょう。
過労死の基準について、詳しくはこちらの記事を参照してください。
3.どうすればいい?働きやすい学校にするために考えたい手段4つ
教員の疲弊は子供に大きな影響を与えるため、長い目で見れば世の中全体にかかわる問題になってきます。これを解決する手段はあるのでしょうか。
ブラックな労働環境の改善や残業代の支給を求めて、最近起こりつつある動きを見てみましょう。
①このままではいけない…!近年起こりつつある3つの変化
2018年以降に起こった、教員の労働環境を取り巻く変化は以下のようなものがあります。
- 給特法の改正を求める署名運動
現役の公立校教員と、過労死した教員の遺族や労働問題の解決で活躍する弁護士らが「給特法」の改正を求めて署名運動を行い、2018年12月時点で3万2500人が賛同。厚生労働省および文部科学省に提出されました。
提言には「残業時間の上限設定」「労働基準法にのっとった残業代の支払い」などが含まれています。
- 時間外に強制された「挨拶」にストライキ
東京都の私立高校が2019年1月に、長時間勤務に加えて、残業代も支払われない状態で早朝に上司への挨拶を強いられることなどに対し、私学教員ユニオンに加入している教員がストライキを決行。その後、早朝の挨拶に関しては、ユニオン非加入の教員も含めた合計26人が「今後は挨拶に行かない」という署名を提出しました。
- 文科省の審議は
教員の労働環境改善に取り組む中央教育審議会は2019年1月の時点で、教員の勤務時間の上限を定めるなどの審議を行っています。残業時間の原則は月45時間以内(年360時間)を原則とする方針ですが、残業代についての議論はされていないままとなっています。
②労組を交えてアクションを起こす
一方、私立学校の教員には労働組合(ユニオン)があり、長時間労働や学校の理不尽な
ブラック体質に対して声を上げるようになりました。
追随する動きがあるかは今後が注目されますが、残業代以外でも、非正規雇用の教員が雇い止めをやめるよう訴え、労組を結成するなどの動きがあり、教員の職場環境がこれまでとは同じものでは持続的な発展が望めないことがうかがわれます。
このまま「教員という職業はブラック」という意識が世の中に広まると、志願者の減少も危ぶまれています。「聖職」や「やりがい」といった精神的な報酬では現状を打破できないともいえるでしょう。
教員ひとりでは声をあげられないこともあるでしょうが、集団で現状に疑問を投げかけたり、学校との交渉や法的手段の可能性を模索することもできるかもしれません。
③訴訟に踏み切る
残業代の規定については法律で決まっているとはいえ、決められたのは約50年前。その通りの働き方が時代の流れに沿っているとは言えなくなってきました。
そこで、訴訟を起こす動きも出てきています。
- 訴訟を起こす
定年退職を間近に控えた埼玉県の公立校教員が、2018年9月に、県に対して残業代の未払いを求める裁判を起こしました。金額はおよそ240万円。実質「働かせ放題」になっている現状を次世代に残せないという理由を表明しています。
ただし、県は残業代の支払いに対し「義務はない」という考えを示しており、請求棄却を求める姿勢です。
この裁判には、現役の教員や教員を目指す大学生などが傍聴に集まったといい、教育関係者の注目も高いものとなりました。
公立校の待遇は給特法に基づくもので、同様の労働環境に置かれている教員は全国にいます。署名運動では3万人以上の賛同があったことを踏まえると、今後も個人または集団による訴訟が起こせる余地はあるかもしれません。
4.まとめ
- 教員の残業代を決めている「給特法」は約50年前の基準
- 現場の超過勤務の実態は、すでに過労死ライン
- 署名運動、労組と手を組んだストライキ、訴訟など声を上げる教員に賛同する動きがある
おわりに
教員の残業代問題。現状、特に公立校に関しては法律の壁がありますが、志願者離れからの人員不足が発生しつつあり、訴訟を起こす人も出てきていることで、現場を変えなければならない危機感も生まれてきました。
少子化が進んでいるとはいえ、教育現場が崩壊することは世の中の様々な基盤を危うくすること。教育業界における、過労死水準レベルの働き方が少しでも改善されえるよう、声を上げる人が増えていくことが望まれます。