東京医科大の不正入試問題「ゆるっとつながる」弁護団の新たなかたち

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投稿日時 2018年10月25日 19時02分
更新日時 2018年10月25日 19時02分
「医学部入試における女性差別対策弁護団」は10月24日、クラウドファンディングサイトで運営資金を募る投稿を行い、わずか1日で目標額を達成した(写真は同弁護団提供)。

この記事は以下の人に向けて書いています。

  • 東京医科大学の不正入試の対象者である人

  • どんな雰囲気で弁護団が運営されているのか知りたい人

  • 弁護団参加に必要なものや今後の流れに興味がある人

はじめに

東京医科大学が女子受験者や浪人生の点数を減点していたことについて、その後昭和大学や順天堂大学などでも相次いで不正が発覚。問題が広がりをみせています。

そんななか、不正受験の対象者となった「医学部入試における女性差別対策弁護団」が10月24日に会見を行い、東京医科大学へ受験生の得点開示や受験料の返還を請求する方針を発表しました。

同弁護団はクラウドファンディングで運営資金を募ったほか、FacebookやTwitterなどのSNSを中心に報告活動を行ったり、相談受付にQRコードを活用したりと、従来の集団訴訟のあり方とはちがう展開を見せています。

その軽いフットワークの根底には、どんな方針があるのでしょうか? 同弁護団に所属する東京パブリック法律事務所の板倉由実弁護士に話を聞きました。


1.参加のハードルを下げるために…SNSやQRコードを活用



「当事者からは、怒りというより、とても戸惑っているという印象を受けます」

面談に来た受験者の印象を聞くと、板倉弁護士はそう答えました。世間の怒りの声の大きさを考えると、すこし意外な印象です。

2018年8月、東京医科大学が長年にわたり入試試験で点数操作を行い、女性受験者を一律減点していたことが明らかになると、世論は怒りの声であふれ、大学前での抗議行動にも発展しました。

しかし一方で、直接の被害者である受験生たちの感じ方は様々。一律減点されていたという事実にピンと来ていなかったり、あるいは怒りを感じているけれど、実際に行動を起こすことには消極的だったりするそうです。

「医学部を受験する女性たちは、これまで優秀な生徒としてみられてきたために、女性であることを理由にした差別を受けた経験が少ないのかもしれません。また当事者たちの多くはいま、受験生や医大生。勉強や就職活動に忙しく、『悔しさはあるけど、いまは目の前のことに集中したい』という人もいます」

意識が高く、真面目な学生になるほど、理不尽なことに声を上げる余裕もなくなってしまう……。そんなジレンマをすこしでも解消するために、『ハードルを下げていく』ことを意識してきたと板倉弁護士はいいます。

「一次請求での着手金は0円。また参加に必要なものは、名前と生年月日、受験年度の3つだけとしています」

また、相談希望の受付経路としてQRコードも活用。スマートフォンのカメラを画像にかざすだけで面談希望の入力フォームが開くようにするなど、なるべく手軽にアクセスできる環境を整えました。

今後おこなわれる当事者向けの説明会についても、参加は強制せず、同時にSkypeなどを使ったオンライン中継も検討しているとのことです。

また、弁護団で特定のウェブサイトを作らず、FacebookやTwitterなどのSNSを活用して情報を発信しているのも大きな特徴のひとつ。

「従来のようなウェブサイトを作っても、若い人たちは見に来ません。だからどんどんSNSで自分たちから発信していこうと」

アメリカのMetoo運動を参考にしたというこの方針が、大きなムーブメントにつながりました。自ら情報を発信していくことで人やメディアが注目し、大学側へのプレッシャーにもなると板倉弁護士は言います。


2.あくまで「当事者のため」。正義の押しつけにならない活動を意識



こうした弁護団のフットワークを実現したのは、若手の弁護士たちを中心にしたフラットな組織運営でした。

「得意だという人に、どんどん任せていっています。事務局メンバーはメッセンジャーで逐一やりとりをし、会議は一か月に一回くらいしかやりません」

細かい指示や報告のプロセスを少なくし、個人個人の裁量を増やすことが、前例のないことにもフットワーク軽く取り組んでいく結果につながったといいます。

その一方で、一貫して崩さないようにしていることもあります。

それは『あくまで当事者のためにやる』というスタンス。

「いまの人たちは賢い。第三者が声高に正義を叫ぶほど『自己満足でやってるんだな』と察して引いていくし、時間とコストの感覚もシビアです。弁護士側の主張が先に立ってしまうとうまくいきません」

浪人生の場合、「大学側に名前を伝えると受験で不利になるかもしれない」と心配する人もいます。ひとりひとりに面談で説明するものの、そこでも考えを押し付けるのではなく、あくまで本人の判断にゆだねるようにしているそうです。

「きちんと説明して不安が解消されると、納得して参加される方が多いです。『ほかの人がやっているなら自分も』という声もありますね」


3.テーマは『ゆるっと』。弁護団運営のこれから



当事者どうしの『横のつながり』は、参加のハードルを下げる重要な要素。ここにまだ課題が残っていると板倉弁護士は言います。

「受験生どうしは住む場所もバラバラで、被害者が多い割に、横のつながりが少ない。たとえば東京と九州に住む人どうしで連絡をとりあえるようなコミュニティがあればいいなと思っています」

いまのところLINEグループで被害者同士がつながるという案も考えていますが、規模が増えてくると足並みをそろえるのが難しくなる面もあり、まだ検討段階。

また、弁護団と被害当事者の距離感を縮めるための取り組みも、今後さらなる展開を予定しているそうです。

「クラウドファンディングで資金をつのるのもその一環ですが、同時にメディア露出の多いビジネスパーソンから資金面などのサポートを受けたり、同世代で活躍している女性の方から応援のメッセージをもらうといった活動を考えています」

10月23日の第三者委員会調査の中間報告では、医科大学以外にも複数の大学で得点操作が行われていた事実が明らかになりました。

同弁護団は他の大学で被害者となった人の受け皿となることも想定しており、息の長い活動を続けていくためにも、こうした参加者のハードルを下げる取り組みを続けることが重要だとしています。

「『ゆるっと』した感じで続けたいですよね。ひょろひょろっとやって、いつの間にか目標が達成されてる、という」

参加を考えている人に対しても、「思っているほど面倒くさくないので、まずは気軽に会ってみてください」と話す板倉弁護士。

同弁護団は今後も参加者の募集を随時続けていくとのことです。

(註:2018年10月25日現在、弁護団は東京医科大学以外の大学を対象とした相談に対応するためにGoogle フォームを改訂中です。詳細については弁護団 FacebookまたはTwitter等で随時案内を予定しています)


おわりに

あくまで当事者のため、いう基本を念頭に、ハードルを低く、気軽に参加できるような体制をととのえている同弁護団。

しかし、その根底には今回の事件に対する深い問題意識があります。

「医者に行くには医大に行くしかない。それなのに、一日10時間も勉強しているような受験生を、女性だからという理由だけで減点するなんて、こんなにひどい話はない。個人としての考えですが、みんなが一歩を踏み出すことで、社会全体が変わる、歴史的な転機につながるのではないかと思っています」

弁護団は今後、20数名の当事者代理人として東京医科大学へ得点の開示や受験料の返還などをもとめる第一次請求を10月29日に行い、大学側に2週間以内に回答するよう求めるとしています。


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