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自分の子どもになぜ会えない? 2 「ハーグ条約」って何?

投稿日時 2019年06月11日 14時51分
更新日時 2019年06月11日 14時51分
離婚後の子どもの養育について考えていくにあたり、子どもの一方の親が、子どもを連れて国境を越えて移動した場合に関わってくるのが「ハーグ条約」です。どのような条約なのでしょうか。また、締結して5年が経った日本では、どのような運用がなされていて、どのような課題があるのでしょうか。

日本のハーグ条約締結5周年を記念して、外務省主催のシンポジウム「ハーグ条約と日本~子供中心の国際家事手続きに向けて~」が10日、東京大学 伊藤謝恩ホールで開かれました。条約締結後の国内での運用状況、連れ去りによる子どもへの影響など、さまざまな報告がなされました。(文・牧野佐千子)



ハーグ条約とは?

ハーグ条約とは、ハーグ国際司法会議において1980年に作成された「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」のことで、日本では91番目の締約国として2014年に発効しました。

ハーグ条約についてわかりやすくアニメーションで解説されたものはこちら
(外務省 公式YouTubeチャンネル)


締約国に、不正に連れ去られた、または留置されている子どもの迅速な返還をすること、また、監護と接触の権利とを効果的に尊重されることを目的とし、基本原則は、子の監護に関しては「子の利益が最も重要」としています。

(1) 対象となる子が16歳未満
(2) その子が国境を越えて移動したこと
(3) 子どもが元いた国と連れ去られた先の国のどちらもハーグ条約の締結国であること
(4) 子の連れ去り・留置が「不法」にされたこと。
 
を要件としています。

5年間の日本国内での実施状況

シンポジウムでは、第1セッションで「日本におけるハーグ条約の実施を課題」と題した基調講演が行われ、図師執二・外務省領事局ハーグ条約室長、澤村智子・最高裁判所事務総局家庭局第一課長、グレッグ・ガードナー・米国務省児童問題部東半球課長が、ハーグ条約締結後5年間の日本での実施状況などを説明しました。

図師氏は、外務省のハーグ条約室に5年間で寄せられた返還援助・面会交流申請の件数などを報告。それによると、返還援助申請は202件(うち援助決定は177件)、面会交流申請は133件(うち援助決定は115件)でした。子どもが日本に所在する場合の申請は、アメリカ、イギリス、オーストラリアなど、外国に所在する場合の申請は、アメリカ、タイ、フィリピンなどが多く、「アメリカから日本への連れ去りが突出して多い」としました。

また、子どもを実際に取り戻す際の「代替執行」手続きについて、国内で「成功例がない」と紹介。これまでは、子どもが連れ去った親と一緒にいる場合に限って開放実施が可能でしたが、法改正により、子どもが連れ去った親と一緒にいない場合でも執行可能となることを説明しました。

澤村氏は、ハーグ条約に関する日本の裁判実務について、審理の概要などを説明。「おおむね安定的に事件処理を行っている」と話しました。

また、ガードナー氏は、日本と米国の中央当局(日本の外務省、アメリカの国務省)の関係は大変良好としたものの、強制執行ができずに「政府に落胆させられた」という親の声もあるなど、国内での実効性への疑問も紹介し、今後取り組むべき課題も提示しました。


国内実施の課題と今後の展望

その後行われたパネルディスカッションでは、基調講演の3氏に加え、ハーグ条約について研究している黒川眞一郎・専修大学法科大学院教授、ハーグ条約関連事案の実務に携わる久保井総合法律事務所の黒田愛弁護士も参加し、実際の運用状況や課題などについて話しました。

黒田弁護士は、ハーグ条約の返還事案について何件か代理人として関わってきた経験から、「ハーグ条約事案を引き受けることになると、待ったなしで向こう3か月は忙しくなる。まずスケジュールを動かせる予定は、すべて先送りにする。寝る間も惜しんで、早朝や深夜に海外と電話会議なども必要」など、実務者側への負担を具体的に話しました。

これについて澤村氏は「(ハーグ条約の締結から)これまでに経験のない審議をしている中で、(迅速に審理する)『6週間ルール』をかなり厳格に守ってきた。この5年間の蓄積で、それぞれの事案に応じた審理のあり方を工夫するようになってきている」とし、「もう少し時間をかければ調停が成立しそうだ、という例であれば継続するなど、当事者が納得する結論に導いていけるようになれば」と今後の課題を示しました。

弁護士などの実務家や民間団体の関係者などが参加していた会場からは、子どもが返還された後の生活について、情報を共有する裁判官同士のネットワークが大事にされているというオーストラリアの事例や、カナダからフランスに連れ出された子どもをカナダ警察が取り戻した事例などが紹介され、国内の事情について様々な質問が出されました。

また、国内での子どもの連れ去り問題に取り組む民間団体の関係者からは、「ハーグ条約の趣旨と国内の意識がまったく違う。強制執行は最初の連れ去りでは適用されず、連れ去られた子どもを取り戻すときに適用されてしまう。連れ去りから取り戻せないことが強化されてしまった」との問題が提起されました。

モデレーターの図師氏は「ハーグ条約は必ずしも共同親権でなくてはならないわけではない。とりあえずいったん元の国に戻して審議しましょうという制度」として、国内での子どもの引き渡しと若干前提が異なる部分もあると説明した上で、「日本での共同親権導入がどうなるかというところだが、そういったご意見をお持ちの方が増えているのだろうと考えている。7月までに行われる海外の事例調査の結果を受けて、国会の議論が高まってくれば検討が始まってくるのかもしれない」と話していました。

親による子の連れ去りが長期的に与える影響

第2セッションでは、マリリン・フリーマン・英国ウェストミンスター大学教授と、米国の弁護士でファミリーメディエイターのメリッサ・クチンスキー氏が基調講演を行いました。

フリーマン氏は、連れ去りや再統合が子どもに与える影響について研究しており、具体的な事例を提示するとともに、アフターケアやサポートの重要性とその不足について話しました。

フリーマン氏が研究を通じて面接してきた、幼少期に連れ去られた経験のある大人34人の中から、具体的な事例を挙げます。(この調査結果について、同氏は汎用性があるとはしておらず、10~50年前に発生した連れ去りの事案であるため、これより早い時点で調査した場合には異なる結果や影響があった可能性についても言及しています。)

【37歳女性】
8歳の時に母親に連れ去られた。親密な関係が苦手。孤独なこともあるが、他人に頼らなくて済むほうが安全。事件後は子どもらしさを失った。常に不安を感じる。物事が継続していくことを信じることができない。「片方の親にもう会えないと思うことは、あまりに衝撃的だった」。意識を遮断。自傷行為。ドラッグ。母親のようになってしまうことへの不安。もしそうなるなら、子どもが欲しくない

【30歳男性】
4歳の時に父親に連れ去られた。無力感におそわれることになるため、過去について話したくない。心が開けない。父親に似て、同じようなことをしかねないと悩んでいる。年上の男性との人間関係が極めて困難

【23歳女性】
5歳の時に父親に連れ去られた。自分の人生すべてが無秩序であると感じている。自信がない。問題について話せたことがまったくないため、問題を放り出し、それが消えてなくなってほしいと思っている。安全または安心だと感じたことがまったくない。友人を作るのが難しい。自傷行為。言語を学びなおさなければならなかったことに伴う学業での問題

【45歳男性】
11歳の時に母親に連れ去られた。父親に対し、反感を抱くよう母親に仕向けられた。裁判手続きで父親より母親を選んだという裏切りが心に付きまとっている。子どもの時も、大人になってからも、怒りに満ちている。連れ去りによって影響を受けただけでなく、連れ去りは自分のあらゆるものを形作った。ここにあるものは抜け殻。子どもを連れ去ろうと考えている親は、こうしたことをすべて知らなければならない



この調査で繰り返し言及された問題について「無感覚、意識の遮断」「自尊心の低下」「個人のアイデンティティの喪失」「抑うつ」「自殺傾向」などを挙げ、抑うつ状態になったり自殺未遂を行うなど「極めて重要な影響あり」とした対象者は、被面接者のうちの25名(75.53%)だったと報告しました。

この調査結果を受けてフリーマン氏は、連れ去りの有害な影響から子どもを守る必要性について、連れ去りの発生の防止のために、親に子の連れ去りについての法的・社会的知識と認識について国際規模の意識啓発キャンペーンを行うことなどの具体的な提言を行いました。

その上で、連れ去りは「連れ去られた子ども、その両親や家族を否応なく、おそらく一生変えてしまう。このことは当事者の家族だけでなく、社会にも影響を与える」とし、連れ去りの有害な影響から子どもを守る目的でハーグ条約を適用するにあたっては、「連れ去りの影響や子どもの権利に関することを含め、今知りうる知識や理解に基づき、法的手続きについて周知されなければならない」とし、また必要となる連れ去り後のサポートは「当事者の子ども及び家族に対し提供しなければならない」とまとめました。

その後、西谷祐子・京都大学大学院法科大学研究科教授がモデレーターとなり、フリーマン氏、クチンスキー氏、磯谷文明・くれたけ法律事務所弁護士、小田切紀子・東京国際大学人間社会学部教授が「アジアにおける子供中心の国際家事手続き」についてパネルディスカッションを行いました。


両親離婚後の親権問題については、司法・立法・行政の三権、メディア、市民団体から、それぞれに様々なアプローチがあり、複雑に絡み合っています。何が子どもにとって一番良い選択なのか、その大前提を確認しつつ、enjinでは、今後の動きに注視し、コラム上でも随時この問題を取り上げていきたいと思います。

特集:自分の子どもになぜ会えない?
(1)離婚後の親権について考えましょう
(2)「ハーグ条約」って何?


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